祖父は、怖い人だった。
とにかく「学歴」にうるさくて、六人の子ども全員を大学に行かせ、
結婚相手まで「大卒じゃないとダメだ」と見合いで決めた。
農家だった祖父は、畑を増やし、果樹園まで手を広げて働き詰めだったという。
その結果、叔父も叔母も教師や公務員、弁護士。
一族全員が、社会的に“ちゃんとした人間”になった。
俺が小学生のころ、兄が「大学には行かない」と言った。
その時、祖父は三つ揃いのスーツで現れて、
まるで葬式のような静けさの中で兄を説教した。
あのときの祖父は、マフィアみたいに格好よく見えた。
でも、葬式の日に知った。
その祖父自身は、中卒だったこと。
それでも「大学に行け」と言い続けた理由は、戦争にあった。
徴兵されたとき、大学を出ているだけで上官になれる。
現場に出ず、安全な場所にいる。
その命令で、自分の命が使い捨てられる。
祖父はそれを、実際に経験した。
だから、自分の子も孫も「上官」側にいられるように。
生き延びられるように。
学歴に、こだわった。
兄がT大に受かったとき、祖父は泣いた。
そして密かに100万円を渡して言ったそうだ。
「勉強よりも人脈を作れ。
政治家や官僚になりそうなやつと仲良くなれ。
戦争になったら、そのコネで家族を守れ。
お前がやるんだぞ。」
祖父は戦争の話を一度も語らなかった。
でも、沈黙の奥にあったのは“恐怖から生まれた愛”だった。
あの日、祖父が見た世界の残酷さを、
俺たちは想像することすらできないのかもしれない。
——「学歴」って、本当は“生き延びる力”だったのかもしれない。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
次のページ