今からおよそ110年前、明治時代末期に朝鮮半島を訪れた一人の日本人がいました。そこで彼が見たものは、日本の常識とは全く違う驚くべき半島の姿でした。こんにちは、猿県分機です。今回は保存版として、明治時代に半島を旅した日本の衆院議員、荒川五郎が記した本『最近挑戦事情』をご紹介したいと思います。
荒川五郎は江戸時代末期の1865年生まれで、日本法律学校を主席で卒業。その後、中国新聞社の主筆として活躍した後、1904年に衆院から推薦され、衆議院議員選挙に出馬し当選を果たしました。この本は、日本が日露戦争に勝利した翌年の1906年に出版されました。当時、大韓帝国は日本の保護国となっていましたが、日本ではこの国のことはあまりよく知られていませんでした。そこで荒川は人々に半島を紹介する目的でこの本を出版したのです。
明治時代の日本人が見た朝鮮半島。
日本とこの国との距離は非常に近く、下関から釜山まではおよそ5受離で一晩で到達することができます。そのため、日本と半島との関係は深く、長い歴史があります。神宮皇后の時代から日露戦争まで、この国に関係しないものはないほどです。日本の歴史における重要な出来事の多くが、この国に関係しているのです。
荒川が釜山に上陸し、汽車に乗って移動する際に見た風景は、山も木もない荒れ果てた土地でした。河川が氾濫するたびに田畑が荒れ、誰も対策を講じることなく放置されています。この国では河川の管理や改修が行われておらず、大雨が降ると河川が氾濫し、領域一帯が水浸しになることがしばしばあります。
日本とは対照的に、河川の管理が不十分なため、農作物が被害を受けることが多いのです。
この国の人々は、仕事に対する観念が日本とは異なります。雨の日や寒い日には仕事をせず、家の中で雑談をして過ごすことが一般的です。労働に対する意識が低く、仕事をしないことが習慣化しているのです。
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