会議室で部長が満面の笑みを浮かべた。
「また君のシステムを採用する。さすがだな」
称賛の視線が一点に集まる先には、俺ではなく部下の桐谷がいた。彼は有能を装うのがうまい。俺が深夜まで積み上げた設計書とソースを、いつの間にか自分の成果として提出し、表彰も昇進もさらっていく。
俺が異議を唱えればどうなるか。
「チームの空気を悪くするな」
そう返されるだけだ。証拠は巧妙に消され、共有フォルダの履歴もいつも都合よく途切れている。桐谷は肩をすくめ、丁寧な言葉で俺にだけ針を刺す。
「先輩のシステム、次も参考にさせてください」
参考ではない。盗用だ。
ある夜、オフィスに残ったのは俺一人だった。画面に映るのは、来期の基幹刷新プロジェクト。採用が決まれば会社の屋台骨を支える。だが、それは同時に桐谷の出世の踏み台でもある。俺の胸に、静かな決意が落ちた。正面から戦っても握り潰される。ならば、仕組みそのものを変えるしかない。
俺は仕様どおりに動く骨格を残しつつ、見えにくい箇所へ異物を混ぜていった。単純な構文ミスではない。特定条件でだけ誤作動する境界値、障害時に連鎖する例外、ログが誤誘導する分岐。レビューをすり抜け、運用でのみ牙をむく不具合を、数え切れないほど丁寧に積み上げた。数は明確にした。
千六十七個。自分の指紋にならないよう、癖も消し、理由も記録しない。
そして退職届を出した。引き止めは形だけだった。
送別会で桐谷はグラスを掲げ、穏やかな笑みで言った。
「先輩が作った資産を、僕が責任を持って育てます」
俺は礼を返し、何も言わなかった。
翌週から地獄が始まった。月初処理が遅延し、在庫連携がずれ、請求書が二重発行されかける。現場は混乱し、部長の声は日に日に荒くなる。桐谷は顔色を変えずに指示を飛ばすが、原因は一つではない。千六十七個の小さな穴が、同時に、別々の場所で、運用の足場を崩していく。
焦りの矛先は、必ず誰かに向かう。
「君が言っていた安定稼働はどうした」
「前任の設計が複雑すぎて」
桐谷は俺の名を出しかけて口をつぐんだ。今さら俺に責任を押し付けても、会社に俺はいない。残っているのは、彼が自分の成果として採用させた事実だけだ。
数日後、非公開の緊急会議が開かれたと風の便りに聞いた。復旧のために外部ベンダーが入り、ログと履歴が洗われ、共有フォルダの不自然な操作が次々に掘り起こされたという。
俺は新しい職場の机で、その報告を静かに読み終えた。
盗んだ成功は、必ず支払いを要求する。
千六十七個の請求書が、ようやく本人の名で届いただけだ。
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