商談当日の朝、私は胸の奥で小さく拳を握っていた。
今日さえ決めれば、うちの地方支社でも大型契約が取れる。担当は私――営業二課の佐倉遼。地味な経歴だが、現場で積み上げた信用だけは誰にも負けないつもりだった。
ところが会議室に入った瞬間、空気が変わった。
部長の宮本が、私の机の上に置いた運転免許証をつまみ上げ、冗談めかして言ったのだ。
「佐倉くん、君は車の運転が得意だろ? なら、免許は“頭の中”にあるはずだ。……な?」
次の瞬間、部長は私の免許証をシュレッダーに差し込んだ。
ガガガ、と紙が裂ける音。粉雪のような破片。私は言葉を失った。
「すまん! 手が滑ったw」
周囲がどっと笑う。
隣の席の“エリート”部下、橘が肩をすくめて追い打ちをかけた。
「まあまあ。運転できないなら、商談は僕らに任せてくださいよ。佐倉さんは資料運びでもしてれば?」
笑いがまた広がる。私は拳を握りしめたまま、無理に頭を下げた。
免許証は再発行できる。だが、今日の商談先は本人確認に厳しいことで有名だ。入館手続きで身分証が必要になる。しかも車での移動も――。
「いいから行くぞ。遅刻したらお前の責任な」
部長の言葉で、私たちは取引先の本社へ向かった。運転席に座るはずだった私は、後部座席で沈黙した。窓の外の景色が、やけに遠かった。
到着すると、受付前で案の定止められた。
「身分証のご提示をお願いします」
私は、名刺しか出せない。部長はニヤついたまま、私を見下ろす。
「ほらな。言っただろ? 邪魔になるなよ」
そのとき、奥からヒールの音が近づいた。
現れたのは取引先の美人秘書――黒髪をきっちりまとめた、冷静な目の女性だった。名札には「高瀬」とある。
彼女は、私たち一行を一瞥し、淡々と告げた。
「本日の商談は中止です。……それと、皆さま“全員クビ”だそうです」
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次のページ引用元:https://www.youtube.com/watch?v=cRovgZkW3J8,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]