「へえ、町医者? まあ医者の端くれね」
中学の同窓会。久々に顔を合わせた旧友たちと、昔話で笑っていた俺――新城は、郊外で小さな診療所を預かる“しがない町医者”だ。忙しいが、患者の顔が見えるこの距離感が気に入っている。
そこへ、強い香水と派手な装いをまとって現れたのが加藤貴子だった。学生時代、クラスの頂点に君臨し、思い通りにならないと誰かを吊し上げる“女帝”。年を重ねても、その性質は変わらないらしい。
「私の夫も医者なの。大学病院勤務の外科医で、年収は一五〇〇万超え。あなたみたいな田舎の町医者と違って、エリートなのよ」
得意げに結婚指輪を見せつけ、周囲を巻き込むように笑う。俺は軽く受け流したが、貴子は満足しない。
「ねえ、あなたも医者なら勉強しなさいよ。夫の職場、見せてあげる。刺激になるでしょう? それとも、恥をかくのが怖い?」
挑発は、まるで命令だった。友人たちは止めたが、俺は静かに頷いた。
――恥をかくのがどちらか、確かめるのも悪くない。
一週間後。都内の大学病院。巨大な建物の入口で貴子が腕を組んだ。
「逃げずに来たのね。“無能くん”」
その呼び方に、胸の奥が小さく痛む。だが、今さら揺れはしない。俺が受付へ向かおうとした、その瞬間だった。
廊下の向こうから白衣の医師たちがこちらを見て、動きが止まった。次いで、看護師が声を上げる。
「……嘘でしょ。新城先生?」
「本物だ、あの“佐井先生の門下”……!」
ざわめきが波のように広がり、気づけば医師や看護師が次々と集まり、俺の前で自然と道が開いた。まるで整列だ。貴子は笑みを固め、目を見開いている。
「な、なによ……どういうこと……?」
そこへ、貴子の夫――加藤外科医が現れた。彼は俺を見た途端、背筋を正し、深く頭を下げた。
「新城先生……お会いできて光栄です。まさか、こちらにいらっしゃるとは」
貴子の顔から血の気が引く。
「あなた、何してるの? なんでこの人にそんな……!」
俺はため息をつき、最低限だけ説明した。幼い頃、病弱だった母を救えず悔しさを抱えたこと。奇才と呼ばれた外科医・佐井先生に出会い、医師になったら弟子にすると言われ、必死で資格を取り、技術を学んだこと。
だが師は表舞台を嫌い、今は療養中で――俺はその診療所を預かっているだけだ、と。
「……町医者なのは嘘じゃない。今の俺の仕事は、ここじゃないから」
騒ぎは病院中に広がり、貴子の“見せてあげる”は完全に裏目に出た。周囲の視線が一斉に彼女へ向く。加藤医師の低い声が落ちた。
「貴子。先生に対して、ずいぶん失礼なことを言ったようだな」
貴子は唇を震わせ、言葉を失った。女帝の仮面が剥がれ落ちる瞬間だった。
帰り際、俺は貴子にだけ聞こえる声で告げた。
「人を見下して得る優越感は、結局、自分を空っぽにする。医者も人生も、誇るなら“肩書”じゃなく“積み重ね”だ」
彼女は俯いたまま、何も返せなかった。
病院の外に出ると、冬の空気が肺を洗うように冷たかった。俺は町へ戻る。派手な称賛も序列もない場所へ。
けれど今日、ひとつだけ確信した。
――“無能くん”と呼ばれた過去は、もう俺を縛らない。
俺が救うべきなのは、誰かの見栄ではなく、目の前の命だ。
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