新社長が本社から視察に来る――その知らせを聞いた朝、私はいつも通り工場棟の端で入荷チェックをしていた。名は相馬 恒一。学歴は中卒。履歴書の最終学歴欄には、確かにそれしか書けない。だが、現場で汗を流し、数字で信頼を積み上げることだけは、誰にも負けない自負があった。
昼前、役員と部長が連なって通路を歩く足音が近づく。先頭にいる若い男が新社長・神崎だった。上場を果たした勢いのまま、空気まで塗り替えるような視線を放っている。
部長が私を指さし、得意げに紹介した。
「こちらが相馬です。現場の要でして」
新社長は私の名札を見たあと、部長の差し出した人事資料に目を落とし、眉を吊り上げた。
「……中卒?」
静かな声だった。しかし、鋭利な刃のように周囲の温度を奪った。
「なぜ中卒を採用した? 上場したからには無能は会社の恥だ。見栄えが悪い」
部長は笑ってご機嫌を取る。
「いえいえ、まあ現場の雑務要員でして。数字には――」
私は息を吸った。胸の奥が、じりじりと焼ける。悔しさではない。積み上げてきたものを、紙一枚で踏みにじられた怒りだ。
「社長」私は丁寧に頭を下げ、言葉を選んだ。「学歴で人を測る方針なら、私は御社に不要です。では、退職します」
通路が凍りついた。部長が慌てて小声で囁く。
「相馬、黙れ。冗談だ、場を読め」
新社長は鼻で笑う。
「勝手にしろ。代わりはいくらでもいる」
その日のうちに退職届を提出し、私はヘルメットを棚に戻した。最後に見た工場の白い蛍光灯が、妙に眩しかった。帰宅後、スマホには同僚からの着信が何件も残っていたが、私は一つも取らなかった。
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次のページ引用元:https://www.youtube.com/watch?v=GEdbY5O1imM,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]