最終面接の部屋は、やけに静かだった。空調の風が紙をわずかに揺らし、長机の向こうで面接官が腕を組む。私は背筋を伸ばし、差し出された履歴書の控えを見つめていた。施設育ち――その一行だけが、いつも場の温度を変える。
面接官は履歴書を一枚ずつ、わざと音を立ててめくった。学歴、資格、職歴、推薦状。最後に「身元保証人」の欄へ視線が落ちた瞬間、口角が吊り上がる。
「……施設育ちw? なるほどね」
次の瞬間だった。彼は私の履歴書を、ためらいもなく真っ二つに破り捨てた。紙が裂ける音が、胸の奥を切り裂くように響く。
「君みたいな素性の知れない人間を採るわけないだろ。今すぐ身元保証人を連れてこい。いないなら帰れ」
同席していた人事担当が、止めようと口を開きかけたが、面接官の視線ひとつで黙った。私は一度、息を吸ってから、静かにスマートフォンを取り出した。悔しさで声を荒げれば、彼の思うつぼだ。施設で学んだのは、怒りを飲み込む技術でもあった。
「分かりました。呼びます」
面接官が鼻で笑う。「呼べるならな」。私は通話ボタンを押し、短く告げた。
「姉さん、最終面接。面接官が“身元保証人を連れてこい”って」
数秒後、廊下の奥がざわついた。高いヒールの足音が一定のリズムで近づき、受付の声が不自然に丁寧になる。ドアが開き、凛とした女性が入ってきた。黒のスーツ、無駄のない所作、鋭い眼差し。場の空気が、彼女の入室だけで塗り替わる。
面接官は一瞬で立ち上がった。顔色が変わり、喉が鳴る。
「……な、なぜあなたがここに……」
女性は名刺を差し出さず、ただ淡々と告げた。
「私が身元保証人です。弟の保証だけでなく、御社の“信用”も保証している立場です」
彼女はこの会社の主要取引先の統括責任者であり、資金調達にも影響力を持つ人物――つまり、面接官が最も頭を下げるべき相手だった。私は破られた履歴書の切れ端を拾い、机の上にそっと置く。
姉はその切れ端を見て、視線だけで状況を理解した。
次に向けた先は、面接官だった。
「履歴書を破るのが、貴社の採用方針ですか。施設育ちを嘲笑するのが、企業文化ですか」
面接官は言い訳を探して唇を動かすが、言葉にならない。人事担当が青ざめ、ペンを落とした音が小さく響いた。
私は頭を下げた。怒りではなく、区切りとして。
「本日はありがとうございました。私は“身元”のために働くのではありません。
成果と責任で評価される場所を選びます」
姉は最後に一言だけ残した。
「弟を落とすのは自由です。ただし、破ったのが履歴書だけだと思わないことです」
廊下へ出た瞬間、胸の奥の重石が少しだけ外れた気がした。施設育ちという過去は、私を縛る鎖ではない。耐えて、学んで、立ち上がるための履歴だ。――そして今日、その履歴を破り捨てたのは、私ではなく彼らのほうだった。
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