同窓会の会場で、俺の前に置かれた料理は塩むすびが一つだけだった。
白い皿の中央に、申し訳程度に鎮座するそれを見た瞬間、胸の奥が静かに冷えた。
「負け犬の無職にオカズなんて必要ないでしょ?」
そう言って笑ったのは、有村夏美。
中学時代、成績も容姿も群を抜き、今は大手商社で部長代理を務める“ビジンエリート”だ。
彼女の言葉を合図に、周囲の同級生たちが一斉に吹き出した。
あの頃と同じ空気。
人を見下し、笑い者にすることで優越感を得る、あの閉鎖的な世界がそこにあった。
俺は反論しなかった。
ただ黙って塩むすびを手に取り、ゆっくりと口に運んだ。
塩の味が妙に強く感じられたが、不思議と心は乱れなかった。
もう、あの頃の俺ではない。
「覚えておくよ」
それだけを告げて、俺は席を立った。
背後ではなおも嘲笑が続いていたが、振り返ることはなかった。
――そして一週間後。
板倉物産の会議室。
総額二百五十四億円という大型契約を左右する商談の場で、俺は副社長として席に着いていた。
扉が開き、入ってきた相手を見た瞬間、空気が凍りつく。
有村夏美だった。
先日の同窓会での自信満々な態度は影もなく、俺の顔を認識した途端、彼女の表情から血の気が引いていくのがはっきりと分かった。
彼女は必死に平静を装い、プレゼンを始めたが、内容は散漫で説得力に欠けていた。
緊張からか、声も震えている。
俺は途中で静かに口を開いた。
「この内容で、我が社が二百五十四億を投じると本気でお考えですか」
会議室に重い沈黙が落ちる。
有村は言葉を失い、上司もフォローできずに俯いた。
「残念ですが、この契約は無しです。これ以上の時間は取れません」
そう告げると、二人は深々と頭を下げて退室していった。
同窓会で浴びせられた嘲笑と、今この場で下された冷静な判断。
そこに私情はない。
だが因果は、確かに存在していた。
人を見下すことでしか自分を保てない者は、いずれ現実の重さに押し潰される。
塩むすびを噛みしめたあの夜から、俺はもう一歩も後ろには戻らない。
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