会議室で一人、待たされていた俺の前に、五十代ほどの男が入ってきた。
作業着姿の俺を一瞥すると、彼は鼻で笑うように言った。
「ああ、お前あれだろ。下請けの……なんて言ったっけ」
一瞬、言葉を失った。
ここは取引先の会社の会議室だ。最低限の礼儀すらないその態度に、内心で眉をひそめながらも、俺は名刺を差し出した。
「こちら、名刺です」
しかし男は、受け取るどころか手も伸ばさない。
「下請けの名刺なんていらねえよ」
その瞬間、理解した。
目の前の男が、今回の担当者――飯田建設の課長・加藤なのだと。
俺の名は中山。四十五歳。
父から継いだ建築会社の社長であり、今回の大規模土地開発――総額七十二億円規模のプロジェクトを取りまとめる立場にある。
マンション、商業施設、病院、保育園。
地域の未来を左右するこの事業は、協力会社なくして成立しない。
だからこそ俺は、下請けという言葉を嫌い、「協力会社」と呼び続けてきた。
だが、加藤は違った。
「うちが下請けで使ってやってるから、お前らみたいな小さい会社も食えてるんだぞ」
そして極めつけに、こう言い放った。
「今から大口商談だ。下請けは邪魔だから、とっとと失せろ」
開いた口が塞がらなかった。
大口商談――その正体が、俺が主導する七十二億の土地開発だとも知らずに。
「なるほど」
俺は静かにそう言った。
「では、昨日俺に頭を下げていたお宅の社長に伝えておけ。今回の契約は、すべて白紙だと」
加藤は一瞬、何を言われたのか分からないという顔をした。
「……は? うちの社長が、お前に頭を下げた?」
その時、会議室のドアが開いた。
「中山社長、お待たせしました」
そう言って深々と頭を下げたのは、飯田建設の社長本人だった。
その光景を見た瞬間、加藤の顔から血の気が引くのがはっきり分かった。
「加藤君、どうしたんだ?」
問いかけられた加藤は、次の瞬間、床に膝をついた。
「申し訳ありませんでした!」
突然の土下座に、飯田社長も言葉を失う。
俺はため息をつき、淡々と事実を伝えた。
加藤は俺を別の下請けと勘違いし、終始見下す態度を取り、大口商談があるから邪魔だと追い払おうとしたこと。
協力会社を軽んじるその姿勢は、この事業の理念と真っ向から反すること。
話を聞くほどに、飯田社長の表情は青ざめていった。
「このような人物が担当では、安心して任せられません。契約は白紙にします」
その宣言に、加藤は震えながら何度も謝罪したが、もう遅い。
一人の傲慢な言動が、会社全体の信頼を損なったのだ。
後日、加藤は解雇されたと聞いた。
飯田社長は社員教育を一から見直し、会社の立て直しに注力するという。
七十二億の事業は順調に進んでいる。
協力会社同士が互いを尊重し、支え合う形で。
人を見下す者に、未来を築く資格はない。
それを、俺は改めて実感したのだった。
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