新幹線に乗り込んだのは、仕事終わりの夜だった。
正直、足はもう限界だった。
だからこそ、ちゃんと指定席を取っていた。
デッキから車内に入り、自分の座席番号を確認する。
——あった。
でも、次の瞬間、違和感に気づいた。
誰かが、座っている。
しかも、おばあさんが深くもたれかかるようにして、ぐっすり眠っていた。
「……え?」
一瞬、見間違いかと思った。
でも、手元のチケットをもう一度見る。
号車も、座席番号も、間違いない。
——ここ、私の席だ。
少し迷った。
起こすのは気が引ける。
でも、このまま立つのもおかしい。
私は意を決して、声をかけた。
「すみません、ここ私の席なんですが…」
その瞬間だった。
「やめてください」
横から低い声が割り込んできた。
振り向くと、隣に立っていたおじいさんが、こちらを睨んでいた。
「この人、疲れて寝てるんです」
「起こさないであげてくれませんか」
一瞬、言葉を失った。
「……あの、でもここ指定席で」
そう言いかけた瞬間、被せるように返ってきた。
「見れば分かるでしょ?座ってるんだから」
その言い方に、カチンときた。
「いえ、これ私の席なんです」
チケットを軽く見せながら言う。
すると、男は一瞬だけ視線を落とし、すぐに鼻で笑った。
「若いんだから立てばいいだろ」
空気が一気に変わった。
周りの乗客が、ちらっとこちらを見る。
「……え?」
思わず聞き返してしまった。
「この人は疲れてるんだよ」
「あなたは元気そうだし、少しぐらい立てるでしょ」
その一言で、何かがスッと冷えた。
——ああ、これか。
優しさの押し付け。
「すみません、それは違うと思います」
できるだけ冷静に返す。
「ここ、私が料金を払って取った席なので」
でも、男は引かなかった。
「じゃあ、そこに荷物あるだろ」
私の足元を指差す。
「それに座ればいいじゃないか」
——は?
一瞬、意味が分からなかった。
「……本気で言ってます?」
思わず聞き返す。
「何が?」
「それ、私の荷物なんですけど」
「だから何だよ」
男は肩をすくめた。
「座れればいいだろ」
その瞬間、完全にスイッチが入った。
私は一度深く息を吸って、言った。
「じゃあ」
男は不機嫌そうにこちらを見る。
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