同僚に嵌められ、私はすべてを失った。
都心の本社で十年以上積み上げてきた実績も、部下からの信頼も、ある内部監査をきっかけに一夜で崩れ去った。
横領の疑い。
もちろん事実無根だったが、証拠とされた書類は巧妙に改ざんされ、私一人に責任が押し付けられた。
結果、処分は「左遷」。
配属先は、地図で探さなければ見つからない山間の町にある、老朽化した地方工場だった。
私は佐久間亮、四十歳。
肩書は「工場管理課主任」。
実質的には、都落ちも同然の扱いだ。
赴任初日、錆びついた門と剥がれた外壁を見た瞬間、胸の奥が冷えた。
「ここが、俺の居場所か……」
工場に併設された社宅は、さらにひどかった。
築四十年以上。廊下の照明はちらつき、風が吹くたびにどこかが軋む。
その日、荷物を抱えて社宅に戻った私は、玄関前で足を止めた。
――人が倒れている。
薄暗い廊下の先、床に横たわっていたのは、スーツ姿の若い女性だった。
長い黒髪が乱れ、顔色は青白い。
一瞬、頭が真っ白になる。
「……え?」
駆け寄り、様子を確認する。
息はある。だが意識がない。
「すみません、あの……大丈夫ですか?」
声をかけた瞬間、彼女の瞳がゆっくりと開いた。
「え!? だ、誰……?」
驚いたように身を起こそうとして、ふらつく彼女を、私は反射的に支えた。
「無理しないでください。ここ、社宅ですよね」
彼女は数秒、私を見つめ、やがて小さく息を吐いた。
「……佐久間主任、ですよね?」
その言葉に、今度は私が驚いた。
「俺を知ってるんですか?」
「はい。
今日から同じ工場に配属された、部下の……水野です」
水野美咲。
本社では一度も話したことがないが、優秀で美人だという噂だけは聞いたことがあった。
「どうしてこんなところで倒れていたんですか」
そう尋ねると、彼女は苦笑した。
「実は……社宅の部屋、まだ鍵が渡されていなくて。
工場の引き継ぎ作業が長引いて、気づいたら立ちくらみが……」
私は黙ってうなずいた。
この工場が、どれほど人を酷使しているかは、初日で察していた。
「今日は俺の部屋を使ってください。
少なくとも、ここで倒れたままよりはいい」
彼女は一瞬ためらい、そして深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
その夜、簡単な食事と水を用意し、彼女を休ませた。
古びた社宅の一室で、思いがけず始まった奇妙な同居。
だが、私はまだ知らなかった。
彼女もまた、本社で何かを知りすぎたがゆえに、この工場へ送られた一人だということを。
そしてこの田舎のボロボロの工場が、
私を嵌めた連中の“隠したい不正”の温床であるということを。
同僚に嵌められ、すべてを失ったと思っていた。
だがこの夜、床に倒れていた一人の部下との出会いが、
私の運命を大きく動かし始めていた。
静かな地方工場で始まる、逆転の物語は、
まだ序章に過ぎなかった。
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