「お前の代わりはいくらでもいるんだよ」
退職届を机に置いた瞬間、開発部の部長である沢崎は鼻で笑った。
その背後では、取り巻きの新人社員が同意するように薄ら笑いを浮かべている。
「分かりました。では、辞めますね」
私が静かにそう答えると、沢崎は一瞬きょとんとした顔をした。
「……は? 本気で言ってるのか?」
私は野嶋、四十歳。
技術者としてこの会社に二十年近く勤めてきた。六歳の娘を育てるシングルファーザーでもある。
三年前、家庭の事情で定時退社を選んでから、沢崎による陰湿な嫌がらせは始まった。
「楽をしている」「やる気がない」「父親失格だ」
そうした言葉を、冗談めかして投げつけてくる上司と、それに追従する新人。
だが、その日ばかりは事情が違った。
兄が急逝したのだ。
兄は実家の工場を継ぎ、必死に守ってきた人間だった。
私たちの家業は、曾祖父の代から続く精密加工工場。地元では「ボロ工場」と揶揄されることもあったが、実際には業界内で確かな評価を受けている会社だった。
兄の死後、家族で話し合い、私が跡を継ぐことが決まった。
そのための退職だった。
だが沢崎は、信じがたい言葉を口にした。
「どうせ潰れるボロ工場だろ。見てみたいなあ」
「部長、それいいですね。ぜひ見学させてくださいよ」
悲しみの最中に、ここまで無神経になれるものか。
私は怒りを通り越し、静かにうなずいた。
「……分かりました。案内します」
定時後、私は二人を車に乗せ、目的地へ向かった。
向かった先は、彼らが想像していた郊外の老朽工場ではない。
都心の一等地に建つ、自社ビルだった。
地下駐車場からエレベーターで最上階へ。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
次のページ引用元:https://www.youtube.com/watch?v=HuT34epPE8k,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]