「令和のこの時代に、こんなドラマみたいな『家族』の匂いが残っているのか」と、ふと驚くことがある。私の実家は、古いけれど温かい家だ。台所に漂う味噌の匂い、雨の日にきしむ廊下の音――。そんな細かな記憶が、今の私の帰る場所を作っている。
私の兄・遠藤貴之は医師だ。41歳、誠実で人望が厚く、患者に「ここから一緒に頑張りましょう」と語りかけるような、誰もが認める人柄だった。一方、妻である義姉の桃子は、見栄っ張りで現実的な「医者の妻」としてのブランドに固執する女性だ。SNSでのキラキラした発信と、高級ブランド品を買うことだけが彼女の生きがいだった。
ある秋の夕暮れ、兄が診察中に倒れた。搬送先の病院で告げられたのは「膵臓癌、ステージ4、転移あり」という非情な宣告。兄は医者だ。自分の身体に起きた異変を誰よりも早く悟っていた。
家族が病室に集まる中、義姉の桃子は高級香水を強烈に漂わせながら現れた。「病院の匂いが無理なの。
忙しいから長居はできないわ」と言い放ち、鏡代わりにスマホで自分の顔をチェックし始めた。兄が命の瀬戸際にいるというのに、彼女の関心は「見舞いに来た自分」の美しさと、周囲の反応だけだった。
兄は中原医師(かつての先輩)による説明を受け、延命のための過酷な治療よりも「自分らしくあること」を選んだ。「残された時間で、やるべきことを整理したい」と、穏やかに笑う兄の姿に、私たち家族は胸が張り裂けそうになった。
しかし、義姉の桃子は違った。彼女は入院中、兄を気遣うどころか、「家の名義はどうなるの?」「生活費はどうするの?」と、ことあるごとに金の話を突きつけた。「余命宣告されているなら、保険金はいつ下りるの?」という彼女の言葉は、ついに家族の我慢を限界に達させた。
兄の病状が悪化し、いよいよ最期の時が近づいたある日、兄はついに動いた。「自分の遺産は、自分が大事だと思う人と場所に託したい」と、弁護士を呼び、正式な遺言書を作成したのだ。
義姉には一切悟られないように。
兄が息を引き取った後、遺産相続の場で、葬儀の準備もろくに手伝わなかった義姉が、鬼の形相で乗り込んできた。
「遺産の9000万とこの家は、妻である私が相続しますので。今すぐ出て行って!」
義姉は勝ち誇ったように叫び、高笑いを響かせた。しかし、その時、これまで静かだった弁護士が、声を殺して笑い始めた。
いや、それは大爆笑だった。
「弁護士先生、何がおかしいんですか!」
弁護士は涙を拭いながら、書類を突きつけた。
「笑ってすみません。でも、奥様……お調べにならないのですか? 貴之先生が作成された遺言書には、あなたへの相続分は一円も記されていません。それに、この家も土地も、先生が結婚前に購入し、既に貴之先生の親族へと贈与が完了しています。つまり、貴之先生の財産は、あなたには『0円』なのです」
「え……?」
義姉の顔から血の気が引いた。彼女は自分が「医者の妻」という特権を永遠に手に入れたつもりだったが、兄は最初から彼女の金目当ての執着を見抜き、すべてを水泡に帰していたのだ。
「そんなはずない! 妻である私に相続権があるはずよ!」
義姉の絶叫を背に、私たちは静かにその場を後にした。兄は最期まで、大切な家族を守るために、冷徹なまでの準備をしてくれていたのだ。
令和の今も、こうして「家族」という重い絆と、それを守るための戦いが続いている。
私たちは、兄が遺した静かな時間と愛情を、これからも大切に抱えて生きていく。金に目がくらんだ義姉の、その後の転落人生など、もう私たちの知ったことではない。
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