「亡くなったくらいで電話するな。そんなことでいちいち連絡してくるなんて、非常識にもほどがあるぞ」
受話器の向こうから聞こえたのは、実の母親を亡くし、深い悲しみに暮れている妻に対する夫の言葉とは思えない、冷酷な罵倒だった。
私の名前は夏。夫と結婚して二年になる。交際当時はチャラい見た目に反して、真面目で仕事熱心な一面がある彼に惹かれ、共に歩んでいくことを誓った。しかし、結婚して間もなく、夫は連日のように深夜まで帰宅せず、私と顔を合わせることも拒むようになった。
「仕事が忙しい」という言葉を信じ、懸命に家を守り続けてきた私だったが、ある日突然、母が亡くなったという知らせを受けた。その悲しみに耐えきれず、私は夫に縋った。せめて母の最期を共に悼んでほしい。ただその一心で何度も連絡を入れたが、彼から返ってきたのは、葬儀すらドタキャンするという、あまりに非情な決断だった。
葬儀の当日、私が一人で母を見送る中、夫はついに現れなかった。
会場で泣き崩れる私を不憫に思った親族や参列者たちに、私はこれまでの夫との冷え切った関係や、母の死を馬鹿にされた事実を思わず吐露してしまった。その時、参列者の中に、静かに耳を傾ける初老の男性がいたことに、私は気づいていなかった。
事態が急変したのは、葬儀の翌日だった。
昼間、夫から激しい口調で電話がかかってきた。「おい、お前、葬儀で一体何をしたんだ!」。何のことか分からず戸惑う私に代わり、電話の向こうから威厳のある、聞き覚えのない男性の声が響いた。それは、夫が勤務する会社の社長だった。
「夫君、君は毎日『仕事』と言って帰宅時間を偽り、社内の複数の女性社員をたぶらかしていたね。しかも、恩人である夏さんの母親の葬儀を、君はあろうことか馬鹿にした」
社長は冷徹に続けた。「昨日の葬儀には、私も参列していたんだ。彼女がどれほど苦しんでいたか、君の行いがどれほど卑劣か、全てこの目で見た。君のような人間は、もう我が社には必要ない。
今すぐこの場から出ていきなさい」
夫は必死に食い下がっていたが、最後には叫ぶような声とともに電話が切れた。実は、葬儀に参列していたのは夫の会社の社長であり、母とは昔からの恩人同士だったのだ。夫が積み重ねてきた不倫の数々と、家庭を顧みない傲慢な姿勢は、全て社長の知るところとなっていた。
帰宅した夫は、解雇の事実を突きつけられ、まさに「職を失ったクズ夫」へと成り下がっていた。
私は躊躇することなく、事前に用意していた離婚届を突きつけた。
「もうあなたとはやっていけない。せいぜい、仕事も地位も失った今のあなたを愛してくれる女の子たちと楽しく生きていけば?」
夫はその後、不倫相手たちからも慰謝料を請求され、再就職先も友人の紹介を得られず、路頭に迷う生活を送っているという。私は今、バツイチにはなったものの、精神的な重荷から解放され、母が遺してくれた縁に支えられながら、ようやく本当の意味で前を向いて歩き出している。
人間は、見かけや口先の言葉だけでは測れない。信じるべき相手を見極めることの難しさを痛感したが、同時に、誠実に生きる者が報われる世界があることも、私は知ったのだ。
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