「離婚だ。」
仕事を終えて帰宅したその瞬間、夫の和幸はテーブルの上に置かれていた紙を私の前に突き出した。
それはすでに彼の署名が入った離婚届だった。
「ここにサインしたら、すぐ家を出ていけ。」
あまりにも突然の出来事に、私は言葉を失った。
二十二年間、家事と育児、そして義母の介護まで必死にやってきた私に対して、彼が言った言葉はそれだけだった。
私は寺島真希子、当時四十七歳。
三歳年上の夫・和幸、大学生の息子・雄大、そして義母との四人暮らしだった。
もともと私たち夫婦は、そこまで悪い関係ではなかった。
二十五年前、同じ建設会社で働いていた頃、彼は誰にでも優しい誠実な人だった。
新人だった私に声をかけてくれ、支えてくれた。
その優しさに惹かれ、私たちは結婚した。
やがて雄大が生まれ、私は仕事を辞めて専業主婦になった。
両親を事故で亡くし、頼れる家族がいなかった私にとって、家庭はすべてだった。
しかし、年月が経つにつれ、和幸は変わっていった。
仕事で昇進し忙しくなると、家族への関心は急速に薄れていった。
休日も家にいない。
息子の学校行事にも来ない。
食事がいらない日でも連絡すらしない。
それでも私は、「仕事が忙しいだけ」と思い込み、家庭を守り続けてきた。
そんな生活に決定的な変化が訪れたのは、義母が倒れた時だった。
麻痺が残り、介護が必要になったのだ。
義母は施設に入ろうとした。
しかし和幸は言った。
「母さんは家に来ればいい。真希子が介護する。」
それは相談ではなく命令だった。
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