農家を営む夫・数也を支え続けて十五年。私は美貴、四十歳。十四歳と十一歳の娘、そして義両親との六人暮らし。
夜明け前から畑に立ち、収穫、選別、出荷。帰宅すれば六人分の家事。給料はほとんどなく、「でかい家にただで住めるだけありがたいと思え」と義母に言われ続けた。週末になれば夫は飲み歩き、二日酔いで寝込む。その穴埋めも私。文句を言えば「俺の稼ぎが少ないって言うのか」と逆ギレ。
それでも離婚できなかった。頼れる実家もなく、貯金もない。娘二人を抱えて生きていける自信がなかったからだ。
唯一の救いは料理だった。規格外の野菜やおすそ分けの食材で工夫して作る食卓。娘たちは好き嫌いなく育ち、近所の農家さんたちも私の料理を楽しみにしてくれた。夫と義母は「地味だ」「貧乏くさい」と言いながら、必ず完食していたけれど。
そんなある日、畑にテレビ局がやってきた。「農家のお昼ごはん特集」だという。義母は張り切り、私に耳打ちした。
「私はインタビュー受けるから、あんたは昼飯の準備して」
突然の取材。私は汗をぬぐい、いつも通りの料理を並べ、なつみかんのパウンドケーキを添えた。スタッフは「おいしい」と何度も頷き、完食してくれた。放送後、近所は大騒ぎ。
だが夫は勘違いした。自分が“イケメン農家”として注目されたと思い込み、飲み歩きがさらに増えた。
そして三か月後。
「好きな人ができた。離婚してくれ」
耳を疑った。相手は二十四歳。テレビを見て声をかけてきたという。
「俺の話を真剣に聞いてくれる。運命だと思う」
浮気はしていない、と言い張る夫。離婚してから付き合うのだから問題ない、と。義母は追い打ちをかけた。
「さっさと別れなさい。若くて男の子も産める嫁の方がいいに決まってるでしょ」
さらに、
「子どもは置いていきなさい。どうせ嫁に行くんだから高校もいらない」
吐き気がした。
家を飛び出した私の背を、娘たちが追ってきた。
「お母さん、出ていこう」
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次のページ引用元:https://www.youtube.com/watch?v=wxHHza7buU4,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]