「奥様が自宅で亡くなりました」
夫の秀一と温泉旅行に来ていた夜、彼のスマホに警察から突然電話が入った。
隣にいた私は、漏れ聞こえたその言葉に耳を疑った。
奥様とは、私のことのはずだった。
けれど私は今、夫のすぐ横にいる。
「私はここにいるのに……」
そう思って秀一を見た瞬間、彼の顔から血の気が引き、まるで氷のように固まった。
その反応を見た時、私は直感した。
この人は、何かを隠している。
私が秀一と結婚したのは二十七歳の時だった。
翌年には娘のまゆが生まれ、慣れない育児に泣きそうになる私を、秀一はいつも支えてくれた。
「博美、完璧じゃなくていいんだよ」
その言葉に何度救われたかわからない。
娘が小学生になる前には念願のマイホームも購入した。
秀一はインテリアにこだわり、リビングには大きなシャンデリアまで取り付けた。
最初は派手すぎると思ったが、家族三人で過ごすその部屋は、私にとって大切な幸せの象徴だった。
しかし、まゆが高校三年生になった頃から、秀一は変わった。
残業だ、接待だと言って帰宅は深夜になり、娘の進路について相談しても、面倒くさそうにため息をつく。
やがて、まゆが大学進学で家を出ることになった。
私は最後の思い出に家族旅行を提案したが、秀一は前日になって休日出勤だと言い出した。
キャンセル料の話をすると、彼は財布から札を抜き、私に投げつけた。
優しかった夫とは別人だった。
春になり、娘が家を出ると、家は急に静かになった。
寂しさを紛らわせるため、私は小さなトイプードルのモコを迎えた。
留守中の様子を見るため、リビングには小型のペットカメラも置いた。
その頃から、なぜか秀一の帰宅が急に早くなった。
「これからは夫婦の時間を大切にしよう」
そう言って、年末の温泉旅行まで予約してくれた。
私は戸惑いながらも、もう一度夫婦として向き合えるのかもしれないと期待した。
けれど旅先の秀一は落ち着きがなかった。
何度もスマホを確認し、何かを待っているようだった。
そして、あの電話が鳴った。
「奥様が自宅で亡くなりました」
秀一は青ざめ、少し離れた場所で電話を続けた。
戻ってきた彼は「間違いだった」と言ったが、目は泳いでいた。
さらに彼は、会社から急ぎの連絡が入ったと言い、私を旅館に残して一人で帰っていった。
私は不安に駆られ、スマホでペットカメラの映像を確認した。
そこには、見知らぬ女性が合鍵で我が家に入る姿が映っていた。
女性はリビングを見回し、椅子をテーブルの上に乗せ、シャンデリアへ手を伸ばした。
次の瞬間、椅子が傾き、彼女は床へ転落した。
私は息をのんだ。
三日後、家に戻ると、近所の奥さんが私を見て青ざめた。
「あなた、亡くなったんじゃなかったの?」
年末、我が家に救急車と警察が来て、奥さんが亡くなったらしいと聞いたという。
私は静かに家へ入り、リビングにいた秀一と向き合った。
彼は最初、知らない女に付きまとわれていたのだと説明した。
だが私はスマホを差し出した。
そこには、秀一とその女性が腕を組んで歩く写真があった。
以前、偶然街で見かけ、浮気を疑って撮っておいたものだった。
さらに私は、ペットカメラの映像を見せた。
秀一の顔色は完全に失われた。
「この人、あなたの浮気相手よね」
彼は黙った。
私はさらにタブレットを開いた。
そこには、秀一と浮気相手のやり取りが残っていた。
私を旅行に連れ出している間に家へ入り、シャンデリアを細工する。
事故に見せかけて私を死なせる。
そんな計画が、はっきり書かれていた。
「あなたは私を殺そうとしたのね」
秀一は震えながら、すべてを認めた。
浮気相手と再婚したかったが、離婚すれば慰謝料や財産分与が面倒だった。
だから、私を事故に見せかけて消そうとしたのだという。
しかし、仕掛けをしようとした彼女自身が転落し、命を落とした。
「やり直そう。俺が悪かった」
秀一は私の腕をつかんですがりついた。
私はその手を振り払った。
「あなたは私の命を狙ったのよ。そんな人と暮らせるわけがない」
その後、私は映像とメッセージを警察に提出した。
秀一の嘘はすべて暴かれ、彼は取り調べを受けることになった。
家族の幸せを照らしていたはずのシャンデリアは、皮肉にも夫の罪を暴く証拠になった。
旅行中に鳴った一本の電話。
「奥様が自宅で亡くなりました」
その言葉は、私が信じていた夫の本性を、残酷なほど鮮明に照らし出したのだった。
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