「ちょっと、どういうことよ! 私のカードが使えないじゃない!」
離婚届を提出してから、ちょうど一週間後の午後だった。
静かなリビングでハーブティーを飲んでいた私、由衣のスマホに、元義母の和子から電話がかかってきた。
電話の向こうからは、クラシック音楽と食器の触れ合う音が聞こえていた。
どうやら彼女は、また高級ホテルのラウンジで友人たちとアフタヌーンティーを楽しんでいるらしい。
「今すぐカードを使えるようにしなさい! 店員に恥をかかされたじゃないの!」
私はカップを置き、淡々と答えた。
「そのカードは先週、すべて停止しました」
「はあ? 勝手に何してるのよ!」
「勝手ではありません。私名義のカードですから。それに、私はもう浩司さんの妻ではありません。和子さんとも他人ですよ」
電話の向こうで、和子が息をのむ音がした。
けれど次の瞬間、彼女はさらに声を荒げた。
「たかが離婚したくらいで、家族の縁が切れると思ってるの? うちの浩司があんたを養ってやった恩を忘れたの?」
私は思わず小さく笑った。
浩司は結婚中、生活費を月に五万円しか入れなかった。
足りない分は、すべて私が在宅の仕事で補っていた。
それなのに彼は、私の仕事を「パソコンで遊んでいるだけ」と見下し、和子も「怠け者の嫁」と罵り続けた。
二人は知らなかった。
私が二十代で起業し、海外企業を相手にする貿易コンサルティング会社の代表をしていることを。
和子が今使おうとしているブラックカードも、浩司の会社の経費カードなどではない。
私の信用と資産で発行した家族カードだった。
浩司は見栄を張り、母親に「俺が会社から預かっている特別なカードだ」と嘘をついていたのだ。
「お支払いはご自分でお願いします」
私がそう言うと、和子の声が急に小さくなった。
「今は手持ちがないのよ……」
「では、友人に借りるか、浩司さんに連絡してください」
「浩司は出張中で電話に出ないのよ!」
その言葉に、私は冷たく目を細めた。
浩司は出張などしていない。
彼は今、愛人の優香と一緒にいるはずだった。
そしてその優香に、二千万円の借金の連帯保証人にされ、取り立てに追われている最中だった。
私は和子との通話を切り、番号を着信拒否にした。
すぐに秘書の高橋から連絡が入った。
「社長、浩司様が優香さんに見捨てられました。カードが使えないと分かり、彼女側の男性たちに囲まれているようです」
私は静かにうなずいた。
離婚の際、浩司には公正証書で「個人の債務は互いに関与しない」と署名させていた。
彼は中身も読まず、早く私と別れて優香と暮らすことしか考えていなかった。
その浅はかさが、今、自分の首を締めていた。
しばらくすると、今度は浩司から電話がかかってきた。
「由衣、頼む! 二千万円だけ貸してくれ! 俺たち夫婦だろ!」
「先週離婚しましたよね。もう他人です」
「紙切れ一枚の話だろ! 俺が死んでもいいのか!」
「あなたが作った借金です。私には関係ありません」
浩司は逆上し、私を罵った。
「どうせ汚い金だろ! お前みたいな女がまともに稼げるわけない!」
私は最後まで聞いてから、静かに言った。
「私の会社に乗り込むと言うなら、どうぞ。ただし、警備員に止められない服装で来てくださいね」
電話を切った後、私は実家へ向かった。
和子がホテルの支払いをごまかすため、疎遠だった叔母の光子を味方につけ、私の両親の家へ押しかけたと聞いたからだ。
実家の玄関は開け放たれ、和子と光子が父母を責め立てていた。
「娘さんは息子の財産を奪って逃げた泥棒猫よ!」
私はリビングへ入り、二人の前に名刺を置いた。
そこには、私の会社名と代表取締役の肩書きが記されていた。
さらに高橋が用意した資料を並べた。
和子のカード利用履歴。
浩司の不倫記録。
優香への支出。
二千万円の連帯保証書。
そして、公正証書。
「私が奪った財産は一円もありません。むしろ、あなたたちが十年間使い込んだ分を、これから請求します」
和子の顔から血の気が引いた。
光子も、さっきまでの勢いを失い、震える手で湯飲みを置いた。
その後、浩司は借金と慰謝料で追い詰められ、優香にも逃げられた。
和子はホテルでの無銭飲食騒ぎが友人たちに広まり、見栄だけで作っていた人間関係を一気に失った。
私は実家の両親を安心させた後、自分の会社へ戻った。
もう誰かに「養われていた嫁」などと言わせるつもりはない。
離婚から一週間。
彼らはようやく知ったのだ。
踏みつけにしていた女が、実は自分たちの生活を支えていた唯一の人間だったことを。
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