土曜日の朝、穏やかな日差しの中で庭を眺めていた私は、そのあまりの惨状に息を呑んだ。丹精込めて育ててきた家庭菜園の区画が、巨大な鉄の塊によって無残にも踏み荒らされていたからだ。
そこには、見覚えのない大型トラックが堂々と停車していた。荷台からはみ出した積荷が、我が家の自慢のトマトの支柱をなぎ倒し、青々としたナスやキュウリの苗を押し潰している。土壌には重いタイヤの跡が深く刻まれ、植物たちが悲鳴を上げているようだった。
「一体どういうことだ! この非常識な運転手は誰だ!」
父の怒号が響き渡った。穏やかな父がこれほど激昂するのは珍しい。父にとってこの菜園は、定年後の唯一の生きがいであり、毎日欠かさず水やりをしてきた宝物なのだ。怒りに震える父は、トラックのフロントガラスに掲示されていた運送会社の連絡先をメモし、即座に電話をかけた。
「おい、そこの会社か! 今すぐそこの責任者を出せ! うちの庭に勝手に車を停めて、家庭菜園をめちゃくちゃにしたんだぞ! 賠償はどうするんだ!」
父の剣幕は凄まじかった。私は横でその様子を見守りながら、警察に連絡する準備をしていた。しかし、電話口の相手と会話を始めてから一分も経たないうちに、父の表情に変化が現れた。怒りに燃えていた顔色が、困惑と驚きへと塗り替えられていったのだ。
「……はあ、ええ。ええ、そうですか。……いや、そんなことは聞いていなかったもので……」
父の語尾は急速に萎んでいった。先ほどまでの威勢はどこへやら、まるで叱られている子供のように、ただただ「はい」と繰り返すばかりだ。私は不思議に思い、父の手から受話器を奪おうかと思ったほどだった。
数分後、通話を終えた父は呆然とした様子で立ち尽くしていた。
「お父さん、どうしたの? 会社なんて言ってたのよ!」
私の問いかけに、父は深い溜息をついてから、信じられない事実を口にした。
「……あのトラックの会社、倒産していたらしい」
「倒産? どういうこと?」
父の説明によれば、電話に出たのは運送会社の経営者ではなく、その会社が所有していた土地と建物を買い取った不動産会社の担当者だったという。
実は、隣接していた運送会社はつい先週、急激な経営悪化によって倒産し、事業を完全に停止していた。あのトラックは、すでに「差し押さえ」の対象となっており、運転手も会社から解雇され、最後の仕事として車をあそこに置いて立ち去ってしまったのだという。
つまり、トラックを停めた運転手は、もはや組織に属する人間ではなく、行き場を失った元社員。
連絡先として掲示されていた電話番号は、すでに不動産会社の管理下へと転送される設定になっており、会社に文句を言ったつもりの父は、全く関係のない、むしろ「そのトラックをどう処分するか」で頭を悩ませている不動産担当者に当たってしまったのだ。
「あちらも、トラックの処分をどうするか警察と調整中だそうでな。まさか個人の庭にまで被害が出ているとは知らなかったと、逆に謝罪されてしまったよ……」
父は肩を落とし、無残に折れたトマトの苗を指でそっと撫でた。怒りの矛先を向けるべき相手は、すでに霧のように消え失せ、残されたのは荒らされた庭と、誰にもぶつけようのない虚しさだけだった。
数日後、トラックはレッカー車によって撤去された。不動産会社からは多少の清掃費用の名目で見舞金が出たが、父が半年かけて育ててきた野菜たちが戻ってくることはない。
日常とは、かくも脆いものだと痛感した。平穏な休日を打ち砕いた巨大なトラックは、時代の波に飲まれて消えていった企業が残した「負の遺産」そのものだった。
父は今、また一から土を耕している。折れた支柱を抜き去り、新しい苗を植えながら、あの日のことを笑い話にできるようになるには、まだ少し時間が必要そうだった。
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