私は工事現場の現場監督として十年以上働いてきた。山間部の現場が多く、近くに飲食店もコンビニもない。だからこそ、毎日きっちり「昼」を届けてくれる存在は、現場の命綱だった。
その役を担ってくれていたのが、弁当屋「デリボム弁当」。十年間、一日100個を欠かさず、雨の日も雪の日も運んでくれた。価格は一個1000円。安いとは思わないが、内容と配達の手間を考えれば、こちらも納得していた。
ある日、翌日の注文確認の電話を入れた。いつものように穏やかに、事務的に済むはずだった。
「明日もお弁当、100個お願いします」
返ってきたのは、妙に芝居がかった笑いだった。
「……一日100個程度の弁当で、大きな顔しないでもらえる? こっちは特別に安くしてやってるんだよ。これからは一つ1500円が妥当かな」
一瞬、耳を疑った。十年間の関係が、まるで“こちらが施しを受けている”かのような口ぶり。私は声を整えた。感情で返せば、現場の人間として負けだ。

「では、いりません。取引は終了でお願いします」
沈黙の後、相手の声が裏返った。
「え? 大丈夫ですか? うちの弁当がなくなったら困るでしょう。特別に……1300円でいいよ」
「結構です」
値段の問題ではなかった。侮辱されたのは、現場の人間の食事であり、十年間の信頼だった。それに、正直に言えば、弁当の質もここ数年で落ちていた。日替わりと言いながら似たようなおかずが続き、もやし中心。容器の底上げで量も減った。こちらは物価高だからと目をつぶってきたのだ。
翌日からの昼食手配は、当然混乱した。だが現場は止められない。私は近隣の業者に当たり、少し遠い街から配達可能な店を見つけた。価格は800円。内容も安定している。
味噌汁まで付けられる日がある。作業員たちは「これで十分だ」と言った。現場の士気は、むしろ上がった。
一方で、デリボム弁当の方は、想像以上に早く崩れ始めたらしい。後日、取引先の仕入れ業者から聞いた話だ。
「テレビ建設(うち)の契約、店の売上の大半だったみたいですよ。慌ててスーパーや会社に売り込みに行ったけど、1500円じゃ置けないって断られて。
値下げしても見向きもされない。最後は余った弁当を“無料で配ってる怪しい男”って通報されて、お巡りさんに事情聴取されたとか」
笑い話のようで、背筋が寒くなった。食材は契約量を前提に仕入れている。大量に余れば廃棄にも金がかかる。資金繰りが一度崩れれば、立て直しは難しい。
さらに、追い打ちは家庭の崩壊だったという。値上げを主導した店主の沢村は「俺の交渉は正しい」と言い張り、妻は「私の人生終わり」と実家へ戻った。店は縮小し、結局、沢村は時給1500円のアルバイトを始めた――皮肉にも、彼が弁当一個に付けた“妥当”な値段で。
私は、現場で温かい弁当を受け取るたびに思う。取引とは、数字だけでは成立しない。相手の現場を支えているという自覚と敬意があって、初めて続くものだ。
十年の注文を軽んじた一言が、店の未来を折った。あの電話の夜、私が「じゃ、いりません」と言った瞬間から、結末はもう決まっていたのだ。
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