離婚から九年。幼稚園児だった息子たちは中学二・三年生となり、反抗期の真っ只中にいる。今日、離婚後はじめて元夫に会う約束があり、私は迷った末に付き添うことにした。結果として、その判断は正しかったと今は言える。
待ち合わせの店に現れた元夫は、現妻と乳児を連れていた。胸の奥で小さくため息が漏れる。開口一番、彼は満面の笑みでまくし立てる。「お父さん、結婚してさ。ほら! お前たちの弟だ!」。隣で現妻は終始にこやかに頷く。しかし、九年ぶりに再会した息子たちへ「久しぶり」「元気だったか」「大きくなったな」の一言もなく、彼は自分の“いま”だけを一方的に語り続けた。私が愕然としたのは、再婚そのものではない。父として最低限の挨拶すら思いつかない、その鈍さである。
やっと現実に意識が引き戻されたのは、話題が養育費に及んだ瞬間だった。彼は薄笑いを浮かべてこう言う。「お母さんは礼も言わないからさw」。私は口を開きかけた。
だが、その前に長男が低く、はっきりとした声で遮った。
「あのさぁ――まず俺が謝るわ。毎月お父さんが金送ってくれてるの、母さんから聞いて知ってる。今日は“俺らに礼を言ってほしかった”から呼んだんだろ? 母さんにやった金じゃないんだから、母さんが礼を言うのは違うよな」
その言葉に、場の空気が一瞬で変わる。次男は現妻へ視線を向け、店内を走り回る幼児の甲高い声を指して短く告げた。「子ども、うるさいです」。遠慮のない直言は、しかし確かな礼節を欠いてはいなかった。
長男は続ける。「お父さんさ、俺らに何してくれた? 誕生日に“おめでとう”って言われた覚え、ない。机とランドセル買ってくれたのはバーちゃん。冷蔵庫に食べ物を切らさないで、俺らが腹空かせないようにしてくれるのは母ちゃんだよ」。次男も重ねる。「そうそうw だから“母ちゃんにお礼言ってください”は、俺らからのお願いでもあるわ」
長男はそこで一呼吸置き、淡々と事実を列挙した。
「母ちゃんはいろんなとこに連れてってくれた。だから野球が好きになって、小学ん時から(次男)とずっとやってる。試合の日は朝六時集合だけど、母ちゃんは一回も寝坊しない。弁当と水筒、毎回ちゃんと用意してくれる」。次男は笑いながら締めくくる。「スライディングでズボン破れたら、縫ってくれるのは母ちゃんと(弟嫁)ちゃん。だから心配すんな。
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