旦那の会社には、取引先で出会った女性と、相手や状況を選ばずに関係を持ってしまう若手営業がいる――。社内では彼を「ウエンツ系の美少年」と半ばあだ名のように呼ぶ者もいる。ハーフのような端正な顔立ち、雑誌の表紙から抜け出たような雰囲気、笑えば目尻にできるささやかな皺。たしかに第一印象は抜群だ。だが、その強すぎる武器は、ときに彼自身と会社を危うくしていた。
新卒の可憐な女子社員から、いわゆる“お局様”と呼ばれるベテラン、さらには体型を気にして笑い飛ばすタイプの女性まで、対象はまるで絞られない。「見境なし」という言葉が、社内チャットで飛び交うたびに、上司たちは眉間を押さえた。しかも、彼にはもう一つの弱点がある。見た目に反して、仕事ではちょいちょいポカをやらかすのだ。日付の打ち間違い、見積書の端数処理、メールの宛先ミス。致命的とまではいかないが、積もれば信用にひびが入る。そんな折、付き合いの長い取引先から、婉曲ながらもはっきりとした苦情が届いた。
「御社の若手くん、少し距離感が独特ですね」
さすがに見過ごせない――会社は動いた。彼の担当先の一つに、50代の男性担当者が就く企業があった。厳格で、書類は紙で二重チェック、会食はノンアルコール、打ち合わせは定刻開始・定刻終了。人柄は温厚だが、私情を一切持ち込まないことで知られている。社長はその取引先を指して、「ここに配置換えしよう。成果で評価される現場に立つべきだ」と決断した。
辞令が下りた日、彼は一瞬、瞳を泳がせたという。だが、次の瞬間にはいつもの笑顔で「やってみます」と頭を下げた。以降、彼の働きぶりは目に見えて変わる。朝一で仕様書を読み込み、昼は他部署に足を運んでリスクの洗い出し、夜は先方の過去案件を徹底的に研究。週次の社内レビューでは、言い訳の一つも挟まず、黙々と指摘事項を潰していった。彼の持ち味である“人懐っこさ”は封印され、代わりに“段取りの良さ”と“レスポンスの速さ”が前面に出る。
営業の現場で最も地味だが、最も効く武器だ。
転機は三週間後に訪れた。例の50代担当者の会社で、新規システム導入のコンペが告知されたのだ。彼は社内のSEを巻き込み、比較表と試算シートを練りに練った。競合の強みを先回りして補正する提案、導入後90日の改善ロードマップ、そして費用対効果を一枚に集約した資料。派手さはないが、数字が語る資料だった。
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