「何これ?まっず〜w。こんなもの食べられないわ」
お盆の夜、食卓に並べた料理を前にして、義妹・明子はそう言い放った。しかも次の瞬間、私が朝から仕込んだ煮物の皿を持ち上げ、そのまま台所へ向かい、ゴミ箱へと流し込んだのだ。
私は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
私は和美、二十九歳。二つ年上の夫と三歳の息子、そして義父と四人で暮らしている。数年前、義母が脳梗塞で倒れ寝たきりとなり、その介護のために同居を始めた。義母はその後亡くなり、今度は深い悲しみから鬱状態となった義父を支える日々が続いている。
幼い息子の育児と、家事、そして義父の心のケア。決して楽ではなかった。それでも夫と二人で決めた道だ。私は弱音を吐かず、日々を積み重ねてきた。
そんな我が家に、義妹の明子が頻繁に帰ってくるようになったのは、義母が亡くなってからだ。表向きは「お父さんが心配だから」。しかし彼女は家事を手伝うこともなく、ただリビングでくつろぎ、私の料理に嫌味を言うばかりだった。
「和美さんって、何作っても本当にまずいわね」
「よくこんな腕で嫁に来られたわね」
最初は笑って受け流した。しかし、義妹の要求は次第にエスカレートしていった。子ども用、義父の健康食、自分のお酒に合う肴――三種類の献立を用意しろと言う。夜中に帰ってきて夜食を要求することもあった。
夫が注意しても、彼女は聞く耳を持たない。
「ここは私の実家よ。何しても自由でしょ?」
そして迎えた、お盆。義妹は夫を連れて帰省してきた。義弟は五つ以上年上で、公務員。礼儀正しい印象だったが、私を見る目だけが妙に冷たかった。
その理由は、後になってわかる。
私はいつも以上に心を込めて料理を用意した。義父の好物、夫の好きな味付け、そして来客用に少し豪華な品も並べた。
だが、冒頭の暴言と、ゴミ箱への投げ捨て。
「いい加減にしろ!」
立ち上がった夫を、隣に座っていた義父が制した。そして、静かだった義父が、突然雷のような声を上げた。
「貴様のようなやつは、今すぐ帰れ!」
場の空気が凍りついた。義父がこれほど大声を出すのは、義母が倒れて以来初めてだった。
「実の娘に帰れってどういうことよ!」と明子は言い返す。
しかし義父は続けた。
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