冬の夕方、パートから戻った私・美香は、玄関先で小さな影が震えているのを見つけた。近づくと、頬がこけた女の子が涙目で「みかおばちゃん…」と呼んだ。姉が急逝してまだ一年も経っていない。姉の一人娘、未来ちゃん——本来は明るくふっくらした子が、骨ばった腕で膝を抱えていた。
慌てて家に入れ、温かいお茶と、家に残っていたカルピスを出した。「どうしたの?お父さんは?」未来ちゃんは小さく言う。「パパがね、みかおばちゃんの家に行けって。遠くに行くんだって。もうおうちはないから帰っちゃだめって…」背筋が冷えた。義兄に電話しても出ない。夫に頼み、義兄のアパートを見に行ってもらうと、部屋は空っぽでカーテンさえ外されていた。職場に確認すると、すでに退職済み——蒸発だ。
その夜、眠る未来ちゃんの寝息を聞きながら、夫が静かに言った。「迎えに来るまで、うちで預かろう。こんな小さい子を一人にできない」私も腹を括った。歯ブラシ、下着、上履き。
必要なものを買い揃えるだけで、未来ちゃんは何度も「お金、大丈夫?」と気にした。ごはんをお腹いっぱい食べるだけで泣きそうになる姿に、胸が痛んだ。聞けば、義兄は「保育園は高いから」と、六歳の子を家に一人で留守番させていたという。
二週間後、深夜に義兄から電話が来た。声は驚くほど平然としていた。「娘はどうだ。……そのまま持っててくれ。もういらないから」言葉が理解できず固まる私に、義兄は吐き捨てた。「ガキの世話なんてやってられるか。身内が責任取れ」一方的に切れた通話の後、夫の顔が怒りで強張った。「あんな男に、未来ちゃんは渡さない」
私たちは市役所に相談し、できる範囲で未来ちゃんを守り育てる道を選んだ。そうして四年。未来は小学三年生になり、我が家は三人で穏やかに暮らしていた。――あの日、あの男が現れるまでは。
日曜、買い物帰りの私たちに、建物の陰から男が叫んだ。「おい、お前ら」日焼けした顔、変わった髪型。
それでも、義兄だと分かった。「再婚した。嫁が欲しがってるから娘を返せ!」次の瞬間、未来が私の腕を掴み、怯えた声で言った。「……このおじちゃん、だれ?」義兄の顔が歪む。「俺はお前の父親だろ!」だが未来の目には“知らない男”でしかなかった。
さらに赤い車から金髪の派手な女性が降りてきた。再婚相手だ。義兄は私たちを悪者に仕立てようとしたが、未来の反応がすべてを壊した。
再婚相手は義兄を睨み、低い声で詰める。「娘、覚えてないじゃん。放置してたの?連絡もしなかったの?」義兄がしどろもどろになった瞬間、私は事実を淡々と告げた。「四年前、玄関先に置き去りにされました。痩せ細って、震えていました」
再婚相手の表情が変わった。「……話が違う」その場で彼女は義兄を助手席に押し込み、「今日はすみません。娘ちゃんはお願いします。こいつ、ちゃんと吐かせる」と言い残して去っていった。敵だと思った人が、味方になった瞬間だった。
一週間後、再婚相手から電話が来た。義兄は、姉の死後わずか三週間で恋人を作り、同棲の邪魔になるから未来を捨てたこと、可哀想な男を演じて結婚したことを白状したという。しかも彼女の父親は社長で、嘘を許さない人物だった。義兄は逃げられない。
「娘ちゃんの希望が一番。あなたたちが望むなら、養子縁組まで責任持つ」その言葉に、私は涙が出そうになった。未来は私たちの顔を見て、はっきり言った。
「わたし、ここがいい。お父さんとお母さんがいい」——その日から、未来は私たちをそう呼んだ。
手続きは驚くほど早く進み、未来は正式に私たちの娘になった。義兄は離婚され、社長の下で厳しく働かされているらしい。逃げたら追いかける、と再婚相手は笑っていた。私はその強さに、心から救われた気がした。
すべてが片付いたあと、私たちは三人で姉の墓前に立った。未来が手を合わせ、静かに言う。「ママ。未来、もう大丈夫。毎日ごはん食べて、笑ってる」私は隣で誓った。お姉ちゃん、安心して。未来は、もう二度と置き去りにされない。今度こそ、この家で——“本当の家族”として守り抜く。
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