あの日、私は何気ない気持ちで保護犬の譲渡会を訪れた。そこで出会った一匹の犬。その子は、保健所に保護された後、処分される直前で保護団体に引き取られたと聞いた。外を彷徨っていたらしく、やせ細って目を伏せた姿が、なぜか心に引っかかった。
何度か面談を重ね、トライアル期間を経て、その子は私の家族になった。最初の頃は、人の気配に怯え、部屋の隅で小さくなっていた。けれど、ゆっくりと時間をかけて心を開いてくれて、いつの間にか甘えん坊に。私の足元で眠る姿を見るたび、「この子と出会えてよかった」と心から思っていた。
ある時、「保護犬との暮らし」というテーマで、私たちの生活が小さなメディアに取り上げられた。記事には、犬との出会い、日々の成長、そして今の穏やかな時間が丁寧に綴られた。それを見たひとりの女性が、私に連絡をしてきた。「もしかして、うちの子かもしれません」
そう話す彼女は、隣県に住んでいるという。5年前、雷の音に驚いて逃げ出して以来、愛犬をずっと探していたらしい。メディアに掲載された写真を見て、ある特徴が一致していたことから、確信したのだという。
正直、最初は「今さら何を」と思った。5年という月日は決して短くない。共に過ごした日々に、私は確かな絆を感じていたからだ。
しかし、確認のために会わせることにした。
そしてその瞬間、私は胸を突かれた。
犬は、その女性の姿を見るや否や、私が一度も見たことのないような表情を浮かべて駆け寄った。耳を倒し、尾を激しく振りながら、小さく「クーンクーン」と鼻を鳴らす。まるで、「やっと会えた」とでも言うかのように。
その女性は地面に膝をつき、声を上げて泣いていた。そしてその犬も、彼女の胸に顔を埋めるように寄り添った。
ああ、この子はずっと、会いたかったんだ。私は、何も言えなくなった。
結果的に、その犬は元の飼い主のもとへ帰ることになった。車に乗せられる時、こちらを振り返りながら、少し不思議そうな顔をしていた。「どうして一緒に行かないの?」とでも聞きたげに。その視線が、今も忘れられない。
別れ際、元飼い主の女性は深々と頭を下げ、丁寧な謝罪とともに、謝礼として封筒を差し出してきた。中には、驚くほどの金額が入っていた。
でも、私は本音を飲み込むしかなかった。「お金なんていらないから……本当は、ずっとそばにいて欲しかったんです」
5年分の記憶が消えることはない。あの子が私の家族だった日々は、本物だったと信じている。今はただ、あの子が再び大好きな人のもとで、幸せに暮らしてくれることを願うばかりだ。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
次のページ引用元:https://www.youtube.com/shorts/OugEDWtbxM0,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]