前日の夕方、私は施設の記録を閉じて、ようやく息をついた。
利用者さんの夕食介助、排泄介助、急な体調変化への対応。忙しさは決して軽くない。それでも「ありがとう」と握られる手が、私の誇りだった。
私の名は佐子、三十四歳。専門学校を出て以来、介護の現場で働いてきた。祖父が脳梗塞で倒れたとき、訪問ケアの職員さんが教えてくれた“支える技術”に救われたのが原点だ。誰かの生活を守る仕事は、汚いどころか尊い。私はそう信じている。
けれど、八歳年下の妹・真名美は違った。
両親の待望の次女として甘やかされ、見事なわがまま娘に育った。私が介護の話をすると、彼女は中学生の頃から平気で笑った。
「へえ、お姉ちゃん、知らない人のトイレの世話してるの? 汚いから近づかないで」
私は反論できなかった。口が達者な妹に言い返しても、いつも言い負かされるだけだったからだ。
そうして私は、“穏やかな姉”の仮面を被り続けた。
真名美は「セレブになりたい」と口癖のように言い、金持ちが集まる食事会に顔を出しては、自分を大きく見せることに執着した。やがて彼女は、個人病院の跡取り息子――医師の大樹と婚約した。しかも、その病院は偶然にも私の勤務先と関わりがあり、私は大樹と以前から面識があった。
大樹は真面目な人だった。病院を継ぐ重圧に悩み、医師同士の人間関係でつまずき、何度も弱音を吐いた。私はケアマネとして、現場と医療の橋渡しをしながら、彼の相談に乗ってきた。励ました回数は数えきれない。大樹が言う“恩人”とは、私のことだった。
けれど真名美は、そんなことを知らない。彼女は婚約者の前では猫を被り、清楚で可憐な花嫁を演じていた。
結婚式は大々的に行われる予定だった。私は姉として恥をかかせないよう、ドレスも靴も新調し、普段買わないネックレスまで用意した。――ところが、その準備が整いきった頃、真名美から電話が入った。
「ねえお姉ちゃん。明日、有名ゲストが来るからさ。介護職の貧乏人は来ないで」
耳を疑った。身内を出席させないなんて、相手の家にも失礼だ。そう言いかけた私を、真名美は笑って遮った。
「だって恥ずかしいじゃん。介護って汚くてきつくて給料低い、最低限の仕事でしょ? 社会的地位が高い人の前で紹介できないし」
胸の奥が、静かに熱くなった。
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