「じゃあ、行ってくる」
夫・遠藤恭太郎はスーツケースの取っ手を軽く持ち上げ、玄関で靴ひもを結び直した。いつもより足取りが妙に軽い。
「二週間、イタリア出張だから」――そう言いながら、私の目は一度も見ない。
「行ってらっしゃい。留守、任せて」
私は笑って見送った。ドアが閉まる音がした瞬間、胸の奥の“違和感”が静かに確信へ変わる。
私はポケットからスマホを取り出し、ある番号を押した。
相手は、夫の不倫相手――平子ここみの夫、平子直人さん。
『……遠藤さん、今いいですか』
「はい。今、あちらは“出張”として出発しました。そちらも……」
『こちらも確認済みです。予定通り合流しましょう』
切った指先が冷たい。私は泣かない。怒鳴らない。
一度“許さない”と決めたら、必要なのは感情じゃない。準備と証拠と、逃げ道を塞ぐ手順だけ。
私の名前は遠藤舞、三十七歳。フリーライターとして在宅で仕事をしている。時間の融通が利く代わりに、締切と信用で生きてきた。裏切りだけは――昔から、どうしても許せない。だから結婚するとき、条件を一つだけ出した。
「絶対に私を裏切らないで」
恭太郎は笑って言った。
「当たり前だろ。俺がそんなことするわけない」
……その約束を、彼は自分の成功と一緒に踏みつぶした。
きっかけは、彼が“大きな案件”を成功させてからだ。感謝は減り、口癖は増えた。
「お前には分からないだろ」「レベルが違う」
そしてボーナスの封筒を渡してきた夜、彼は私を見下ろすように言った。
「ご褒美。ありがたく持っておけ」
決定打は、忘れ物を届けに行った会社の受付で見た名札――「平子ここみ」。
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次のページ引用元:https://www.youtube.com/watch?v=YcQI8Q8SDAU,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]