父の希望でした。
母を看取った父は、4年前から独居生活です。昨年秋、コロナに罹ってから体力がガクンと落ちました。
私(娘)は月に10日ほど実家に泊まり父のサポートをしました。常に前向きに生きている父から学ぶことが多かったです。そんな父ですが、生活面では、さらなる工夫が必要になりました。紙パンツ、ポケット付きの食事用エプロンが加わりました。お箸も木のスプーンに変えました。
私は毎晩腕を振るいました。和食一辺倒です。ひたすら柔らかく美味しく煮つけました。二人で軽く晩酌もしました。
「私が来たら、いつもご馳走だから」
父はゆっくり味わってくれました。
そうして私の滞在が終わり、父一人の朝。
父は台所で、ご飯茶碗とお椀、小鉢を用意しました。
チンすれば食べられる柔らかいパックライスを朝とお昼で半分ずつ。インスタントの味噌汁には乾燥ネギを入れます。納豆に卵の黄身を、熱々の味噌汁に白身を落とします。これが父の定番朝食です。
その日の夕方、私はいつものように父に電話しました。
高速バスの予約が取れたので「今度は〇月〇日。待っていてね」と言おうとしたのです。
何回かけても父は電話に出ませんでした。
夜、弟が駆けつけると、父は床に横たわっていました。
パックライスを棚に取りに行ったところで、命が尽きたと思われます。医師から老衰死と言われました。
お風呂場には洗濯ものが干してありました。前夜、そこに干したのでしょう。シャツにタイツに靴下です。カレンダーの前日には「風呂入る」と記してあり、その日は「デイサービス」とありました。4Bの鉛筆の薄い字でした。
実家の冷蔵庫を空にしてきました。
調味料の中に、見慣れない手のひらサイズのケチャップがあったのです。
私はこれを大事に大事に使って、そして今日使い切りました。
父、95歳です。
私は父が羨ましいです、そして果てしなくさみしいです。
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