「……絶縁する」
その一言は、刃物のように胸を貫いた。
令和六年三月十五日、金曜日の午後。私はその日を生涯忘れないだろう。
玄関に立っていた息子夫婦は、いつになく改まった表情をしていた。
息子の真司が、会議の議題を読み上げるような口調で切り出した。
「母さん、大事な話がある」
私は山田千代子、七十三歳。
五年前に夫を亡くし、四十九年前に建てたこの実家で一人暮らしを続けている。
夫と二人、地元の工務店勤めとパートを掛け持ちし、必死に建てた家だった。
「僕たちは、母さんと今後一切関わらないことに決めた」
言葉の意味がすぐには理解できなかった。
横で嫁の香織が、事務的に補足する。
「この家も援助もいりません。相続も放棄します」
理由を尋ねる私に、香織は冷たく言った。
「築五十年ですよ。正直、負の遺産です。固定資産税も高いし、解体費もかかるし」
真司も続けた。
「僕たちも生活で精一杯なんだ」
孫の学費を援助したことも、何も頼らず暮らしてきた年月も、すべて切り捨てられた瞬間だった。
さらに彼らは言った。
「美咲にも会わないでください。悪影響ですから」
玄関を出ていく二人の背中を見送った直後、外から聞こえてきた会話で、すべてを悟った。
――解体費は五百万円以上。
――土地は坪五十万円程度。
――相続放棄すれば、面倒を見ずに済む。
なるほど、そういう計算だったのだ。
私は涙を拭き、仏壇の前に座った。
「正男さん、決めたわ。この家、私が処分する」
翌日、元不動産会社勤務の親友に相談した。
返ってきた答えは、息子夫婦の見積もりを完全に覆すものだった。
「この立地なら、更地で四千万円以上よ。解体費も三百万円程度」
私は家を解体し、売却する決断をした。
五十年分の思い出を胸にしまい、駅前のシニア向けマンションへ移り住んだ。
数か月後、平穏な日々の中で、管理人から連絡が入った。
「息子様ご夫婦がお見えです」
ロビーに現れた二人は、見る影もなくやつれていた。
実家を見に行ったら、更地だったという。
真司は突然、床に手をついた。
「母さん、すみませんでした。会社が傾いて……実家を担保に融資を受けようとして」
私は静かに答えた。
「絶縁したはずでしょう。負の遺産だと、あなたたちは言った」
香織が泣き崩れた。
「四千万円で売れました。解体費は二百八十万円でした」
二人は言葉を失った。
「念のため言っておきます。遺言書も書き替えました。財産は福祉施設へ寄付します」
その言葉で、最後の希望が消えたのが分かった。
私は背を向け、エレベーターに乗った。
大きな窓から差し込む夕陽が、ロビーを黄金色に染めていた。
――絶縁されたのではない。
私は、自由になったのだ。
七十代の人生は、まだ始まったばかりだった。
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