「警察です。息子の二郎さんに逮捕状が出ています」
玄関の外からそう告げられた瞬間、私の手は思わず震えた。だが、その直後、足元で「ニャー」と鳴く声を聞いた私は、ゆっくりと視線を落とした。
そこにいたのは、私の息子――ではなく、愛猫の二郎だった。
――これは、私が人生で初めて“詐欺師を逮捕させた日”の話である。
私は六十七歳。三年前に夫を病気で亡くし、田舎の大きな一軒家で一人暮らしをしている。正確には一人と一匹。灰色の毛並みを持つ雄猫、二郎が私の大切な家族だ。
息子は二人いる。長男の健太と次男の翔太。どちらも独立し、家庭を持つ気配もなかったが、三年前、長男が突然結婚した。
「母さん、結婚することになった」
そう言って連れてきたのが、優奈だった。二十五歳という若さで、すらりとした美しい女性。正直、私は驚いた。奥手だった健太が、どうしてこんな素敵な女性と――。
だが優奈は、いつもどこか遠慮がちだった。挨拶はきちんとするものの、目を合わせず、必要以上に話そうとしない。
週末に二人で訪ねてきても、彼女は静かに座っているだけだった。
「嫁さん、無理して来なくてもいいのよ」
私は何度かそう言ったが、健太は首を振った。
「優奈が来たがってるんだ」
その言葉とは裏腹に、優奈はいつも緊張しているように見えた。
事件が起きたのは、ある平日の昼だった。
珍しく優奈が一人で訪ねてきたのだ。手には野菜の入った袋を持っていた。
「職場でもらったので……」
小さな声でそう言った彼女を家に上げ、お茶を出したその時だった。
固定電話が鳴った。
受話器を取ると、低い男の声が響いた。
「警察です。鈴木二郎さんが交通事故を起こしました」
頭が真っ白になった。
「被害者は重傷です。示談にするには五百万円が必要です」
五百万円――。
だが、次の瞬間、違和感が走った。
二郎?
私はゆっくりと視線を落とした。
足元で、二郎が尻尾を揺らしていた。
そう、二郎は――猫だ。
その時、優奈がそっと私の手を押さえた。
「お母さん、これは詐欺です」
彼女の声は、驚くほど冷静だった。
「演技をしてください。本物の警察を呼びます」
私は震えながらもうなずいた。
一時間後。
インターホンが鳴った。
「警察です」
ドアを開けると、スーツ姿の男が二人立っていた。手には書類。
「これが逮捕状です」
確かにそこには「鈴木二郎」と書かれていた。
私はゆっくりと二郎を抱き上げた。
「二郎……どうして事故なんて……」
男たちはニヤリと笑った。
その瞬間、私は二郎の前足を持ち上げ、男たちに見せた。
「こちらが、私の息子の二郎です」
「……は?」
空気が凍った。
二郎が「ニャー」と鳴いた。
男の顔がみるみる青ざめた。
「ふざけるな!」
その瞬間――
「動くな!」
奥の部屋から、本物の警察官が飛び出した。
優奈が通報していたのだ。
男たちは逃げようとしたが、外にも警官が待機していた。
その場で、二人は逮捕された。
だが、本当の衝撃はその後だった。
逮捕された詐欺師の一人が、私の友人・幸子の息子だったのだ。
幸子は翌日、鬼の形相で怒鳴り込んできた。
「あんたのせいで息子が捕まった!」
だが優奈がスマートフォンを掲げた。
「今の発言、録音しました」
幸子は言葉を失い、そのまま逃げるように帰っていった。
事件の後、私は優奈に聞いた。
「どうして、あんなに冷静だったの?」
彼女は少し考えてから答えた。
「母子家庭で、変な電話が多かったんです。自分で対処するしかなくて……」
そして続けた。
「お母さんを守りたかったんです」
その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。
今まで距離を感じていたのは、彼女が不器用だっただけなのだ。
私は優奈を抱きしめた。
「ありがとう」
彼女は、初めて心からの笑顔を見せた。
それから五年。
今、家の中は孫たちの笑い声で溢れている。
冷蔵庫の上には、相変わらず二郎が座っている。
詐欺師を逮捕させた猫――。
「二郎、あんたは本当にすごい子ね」
そう言うと、二郎は誇らしげに「ニャー」と鳴いた。
そして私は思う。
あの日、守られたのはお金ではない。
家族の絆だったのだ、と。
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