またあの白い軽か。
朝8時、シャッターを開けた瞬間に分かった。うちの小さな駐車場の一番奥、まるで自分の指定席みたいに堂々と停まっている。
最初に声をかけたのは、先月のことだった。
「すみません、こちらお客様専用なんです」
私は本当に、それだけを伝えただけだった。
彼女は窓を少しだけ下げて、笑いながら言った。
「ちょっとだけやろ?」
その日は30分で戻ってきた。でも、次も、その次も同じだった。
二度目に声をかけたとき、彼女の顔は明らかに不機嫌だった。
「急いでんねん。客やで?」
それでも私は低く頭を下げてお願いした。
三度目。
その日、夕方は混んでいた。駐車場は五台分しかない。白い軽が一台ふさぐだけで、動線が崩れる。
高齢の男性が一度バックして、もう一度切り返した。結局、停められずにそのまま出て行った。抱っこ紐で赤ちゃんをあやしながら来た若いお母さんも、ぐるりと一周して、私に目で問いかけた。
「この車、誰の?」
私は答えられなかった。
夜9時、閉店。白い軽はまだ動かなかった。
私は時計を見た。21:10。
さすがに、胸の奥が固まった。
閉店まで置きっぱなし。8:00から、ずっと。
あの日、彼女は私に言った。
「警察呼ぶで?」
私は何も言い返さなかった。ただ、駐車場のルールを伝えただけなのに。
その言葉が、ずっと引っかかっていた。
だから、貼り紙を書いた。
赤字で、大きく。
お客様すいません!
この無断駐車のあなたに
1台駐車場がふさがれてます
しかもお客様不自由なうえ
しかも 8:00~ずっと。
8:00~
女性の大無断駐車!!
後部ガラス中央に、しっかりと貼った。乾いたら簡単には取れない糊で。
翌朝8時。通勤時間帯。
シャッターを上げると、駐車場の空気が少し違った。誰も声は出さない。ただ、視線がそこに集まっている。
8時17分。
彼女が現れた。
足取りはいつも通りだった。ドアの前で止まる。一瞬、固まった。
顔の色が変わる。
次の瞬間、紙に手をかけた。
ビリ、と音がした。半分で裂ける。ガラスに糊が残る。爪で削る。こすっても、白くにじむ。
彼女は周囲を見た。
何人もの視線がある。
誰も何も言わない。ただ、見ている。
彼女は紙をもう一度引っ張った。細かく破れるだけで、中央には大きく残る。
「女性の大無断駐車!!」
昨日の「警察呼ぶで?」の勢いは、どこにもなかった。
「なんなんこれ……」
声は小さかった。
私はレジの中から見ていたが、何も言わなかった。
彼女は最後まで剥がしきれず、ガラスに文字を残したまま車に乗り込んだ。
エンジン音が消えたあと、駐車場は静かになった。
その日以降、あの白い軽は来ていない。
無断駐車も、なくなった。
私は何も言わなかった。
言わなくても、伝わることがある。
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