予定日が近づくにつれ、夫の健一と私、絵里は、何よりも義母・和子の存在を警戒していた。健一の出張中に陣痛が来るかもしれない。その時のために「陣痛タクシー」を確実に登録しておいたのだ。しかし和子は強引に押しかけてきて、自分の車で送ると言って聞かなかった。「得体のしれないタクシーなんかに乗せない。このおばあちゃんが孫を病院に連れて行くのよ」。先月ガードレールにこすったばかりの車で。彼女の執拗な押し付けは、単なる親心ではなく、孫の「出生の瞬間」を自分だけの功績にしたい、という強い自己顕示欲から来ているように思えた。

「でもお母さん、陣痛タクシーはプロだし、安全だよ」
「ダメだめ! それに、もし破水してシートを汚したら…」
「ビニールシート敷いておくから大丈夫ですよ」
「とにかく私が送る! 連絡したらすぐに迎えに行くからね」
押し問答の末、陣痛が実際に始まったあの日、私は仕方なく彼女に連絡した。玄関先には既に手配したタクシーが待機していた。すると、和子がやってきて運転手に「今日は必要ない」と帰らせてしまったのだ。彼女の勝手な行動に私は呆然としたが、収縮の間隔が詰まり始めていた。もう彼女の車に乗るしか選択肢がなかった。
「さあ、乗りなさい。安全運転で行くから任せて」
車はゆっくりと走り出した。だが、和子の運転は妙にそわそわしており、赤信号で停まるたびに私の方をちらりと見た。
「えりちゃん、超音波の写真、やっぱり女の子だって言われたんでしょ?」
「…え? いえ、性別は聞いてませんよ。どちらでもいいんです」
「ふーん…」
彼女の声が突然冷たく変わるのを感じた。次の瞬間、車は幹線道路の路肩に急停車した。
「降りなさい」
「え? ここはまだ病院まで…」
「甘えずに自力で行きなさいよ。こんなにわがままな嫁さんには、もう付き合ってらんないわ。お前みたいな女が産む子なんて、抱っこしたくもない」
呆然とする私を尻目に、彼女は私の荷物を外に放り出し、窓を閉めた。「陣痛なんて、まだ始まったばかりでしょ? 大丈夫、タクシー捕まえなさいよ。じゃあね!」
そう捨て台詞を残し、彼女の車はあっという間に遠ざかっていった。
腹に響く陣痛と、信じられない現実。路肩に座り込む私を、通りかかった一台のタクシーが拾ってくれた。運転手さんは事情を察し、病院まで急いでくれた。
病院に着き、健一に緊急連絡。新大阪から駆けつけるという夫に、私は冷静に事態を説明した。健一の声は怒りで震えていた。

「…母さんに、何をされたんだ」
「途中で降ろされたの。…それだけじゃない。降ろした後、私が倒れこんだ時、お腹を蹴られたのよ」
「なっ…!?」
「スマホ、ずっと録音してたから。全部記録してある」
陣痛の合間、私は夫に全てを伝えた。結婚当初から、姑の言動に違和感を覚え、大切な会話はすべてボイスレコーダーに記録していた。彼女の「女の子なら産むな」「お腹を蹴ればいなくなるかもね」という冷たい笑い声までもが、鮮明に記録されていた。
私が無事に出産したのは、女の子だった。健一が到着し、娘を抱いたその直後、彼は和子に電話をかけた。
「母さん。絵里を途中で降ろしたのは本当か」
『あら、文句ばっかり言うからね。あの女、相当な姑いびりしてたのよ。お茶に雑巾の搾り汁入れたりして』
「証拠もないことを言うな。俺の妻がそんなことするはずがない」
『あなたは何も知らないのね。まあいいわ。で、孫は?』
「女の子だ。母子ともに健康だ」
電話の向こうで、何かが崩れ落ちるような沈黙があった。
『…女?まさか。あんた、一人息子なのに!家が途絶えるじゃない!離婚しなさい!すぐにお見合いさせて、男の子を産ませるんだよ!』
「…もういい。これ以上、俺の家族に近づくんじゃない」
健一はそう言って電話を切った。彼の目には、決意と悲しみが入り混じっていた。
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