私はひまり。現在妊娠8ヶ月。夫・いよりとの間に待望の赤ちゃんを授かり、穏やかな日々を送っていた——と言いたいところだけど、問題は義母の存在だった。
「高卒のあんたなんか、うちの嫁とは認めない。デブで学歴もない女が!」
結婚当初からずっと嫌われていた。妊娠を告げたときでさえ、義母は目を見開いて言い放った。
「なによそれ。私、認めてないから結婚してないことになってるの。だからその子も、うちの孫じゃないわ!」
そんな義母の強烈な性格を恐れ、妊娠のことも当初は隠していた。しかし、ついに迎えた義妹・さつきちゃんの結婚式。その招待状が私の元にも届いた時、私は迷いながらも出席を決意した。
「さつきちゃんのドレス姿、どうしても見たい。義母に何を言われても、今日だけは負けたくない——」
しかし、式当日、会場のある50階タワーホテルのエレベーター前で、義母が私の前に立ちはだかった。
「よく来たわね、忠告を無視して。醜いデブ嫁はエレベーター禁止。
階段で行きなさい!」
エレベーターに無理やり乗ろうとすれば突き飛ばす、そう言ってにらみつける義母。
さすがに怒りで体が震えたけれど、私は静かに答えた。
「……わかりました。階段で行きます。」
彼女は私が途中で諦めて帰ると思っていた。だが私は、一歩一歩、汗と涙を流しながら階段を登った。赤ちゃんを守るためにも、諦めるわけにはいかなかった。
30分後。ようやく披露宴会場に辿り着いた私に、驚きと混乱が待っていた。
「式は中止だよ。今日という日は、母さんにとって……孫の命日になったんだ。」
夫・いよりの顔は怒りに歪んでいた。
「え……?命日……?」
「母さんがひまりに階段を登らせたせいで、途中で転んで……赤ちゃんは、もう……」
義母はその場に崩れ落ちた。目を見開いたまま、何かを呟きながら。
「嘘よ……そんな……」
——だが、それは“嘘”だった。私たちが仕掛けた、最後の抵抗だった。
これ以上義母からの嫌がらせを受けないために、私と夫、そしてさつきちゃんも協力して、「赤ちゃんを失った」と思わせる計画を立てたのだ。
式が中止になったことで義母は責任を感じ、泣き崩れ、以降、私たちに一切連絡をしてこなくなった。毎日仏壇の前で「孫、ごめんね……」と泣く日々が続いたという。
それからしばらくして、無事に元気な女の子を出産。私たちは「すもも」と名付け、幸せな毎日を送っていた。
ところが——数年後。
近所の公園で、すももと遊んでいた私に、見覚えのある声がかかった。
「……その子は何?まさか……あのときの……!」
白髪交じりで少し痩せた義母が、震える声で問いかけてきた。
私は一瞬言葉に詰まったが、覚悟を決めて言った。
「はい。あなたが『失った』と思っていた孫です。」
義母は地面に崩れ落ち、声を震わせながら叫んだ。
「どうして……騙したの……私、どれだけ苦しんだと思ってるのよ!」
「苦しんだのは、私たちもです。あなたが50階まで階段を登らせたこと、忘れていませんよ。」
すももが私の後ろに隠れ、「ママ……こわいよ……」と呟く。
義母はその声を聞いて、何かが壊れたように泣き崩れた。
「もういいわ……あの世で孫に会って謝る……」
「やめてください。それ以上何かあれば、本当にすももには会わせませんから。」
私はそう言い残し、すももを抱いてその場を後にした。
義母はその後、近所でも“団子虫おばさん”として知られるようになる。なぜかというと——
「ママ、見て見て!すももちゃん、団子虫いっぱい捕まえたよ〜!」
すももは団子虫が大好きで、庭いっぱいに放して遊ぶのが日課だった。ある日、義母の家の玄関先にも大量の団子虫を運び……
「ギャアアアアアア!!」
義母は錯乱し、団子虫恐怖症を発症。家から一歩も出られなくなったという。
そして今——私はすももと、夫・いよりと三人、穏やかな日々を過ごしている。
もう義母に怯えることはない。
私たちは、自分たちの手で「平穏」を手に入れたのだから。
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