リンが遊んでいる最中、私は一本の電話に気づいた。
「あれ?会社から…?」
ちょっと席を外して電話に出ようとすると、先にリンがスマホを取ってしまった。
「もしもし?リンです。ママはリンのお嫁さんになったので、お仕事はできません!」
「こら!電話返しなさい!」慌ててスマホを奪い返すと、聞き慣れた怒鳴り声が耳に飛び込んできた。
「君、いつまで無断欠勤するつもりだ!いい加減に出社しろ!」
呆気に取られる私。だって、先月――確かに会社から解雇通知が届いたはずだった。
「え?社長、私…先月、そちらから解雇通知を受け取りましたけど?」
「なに?そんなもん送ってないぞ。嘘をつくな!」
血の気が引いた。
それは封筒に「解雇通知在中」と手書きで書かれたものだった。私も驚いて、でも確かにそう書かれていたから、当然のことと思って受け入れた。娘のリンには「ママ、会社辞めちゃったの?」と心配されたけれど、「これからいっぱい遊べるね」と笑顔で言ってくれたあの時間。
私にとっては、傷ついた心を癒す唯一の時間だった。
だが、なぜ今になって「無断欠勤」などと?
混乱する中、脳裏によぎったのは…あの“ウザ野部長”の顔だった。
――あの男の執拗な誘い。家族がいるにもかかわらず、「浮気歓迎だよ」とまで言ってきた最低な上司。私は「録音しました」と嘘をついて脅し、ようやく関係を断ったのだった。
「まさか…あれで恨みを買って?」
嫌な予感は的中した。
数日後、社長とウザ野部長の会話が社内で漏れ聞こえた。
「宇野君、あの子を本当に解雇したのか?」
「はい。社長の命令ということで…」
「いや、私はそんなこと言ってないが?」
「……」
どうやら、部長は私への逆恨みから勝手に解雇通知を偽造し、社長には「無断欠勤中」と報告していたらしい。
しかも、その解雇通知の封筒。日付が1ヶ月も前で、手書きの「解雇通知在中」はウザ野の字だった。
私はその証拠を持って、社長室へ乗り込んだ。
「社長、私が無断欠勤とされているのは誤解です。
これが証拠です」
封筒を差し出すと、社長の顔色が変わる。
「この字は…宇野君、君の字じゃないか!」
「……す、すみません…逆恨みで、つい…」
「貴様……この件、法的処分を検討する」
こうしてウザ野部長は即日解雇。会社側は弁護士を立て、私は正式に名誉を回復すると同時に、慰謝料の請求も成立した。
彼は噂の的となり、再就職先も見つからず、現在は借金まみれで行方不明だという。
私はというと、社長から再雇用の提案を受けた。
「戻ってきてくれ。君のような存在が必要なんだ」
だが、私は首を横に振った。
「もう、御社には戻りません。次は娘との時間を大切にしながら働ける環境を選びます」
それでも、社長は誠意を見せてくれた。
「君が必要なんだ。時短勤務で、リンちゃんが幼稚園に行っている間だけ働く形ではどうだ?」
私は迷ったが、最後にリンの笑顔を思い出した。
「それなら…お受けします」
こうして私は、娘との時間を大切にしながら再出発を切った。
今回の件は、私にとって大きな試練だった。
だが、家族の支えと自分の正しさを信じる勇気があったからこそ、立ち上がることができた。
誰かに理不尽に扱われたとき、泣き寝入りするのではなく、きちんと声を上げること。
それが、自分を守る第一歩になる。
私は今日も、仕事を終えたあと、リンの待つ家にまっすぐ帰る。
笑顔で迎えてくれるその顔を見るたび、「この選択は間違ってなかった」と、心から思えるのだ。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
次のページ